第1巻 第1号

ページ数 タイトル/著者
5~9 公共的実践の本源的課題
西部 邁
11~18 ナショナリズムと市民社会の調和的関係―ヘーゲルの市民社会論に基づく共同体意識の心理構造分析―
羽鳥 剛史、中野 剛志、藤井 聡
19~28 美里町フットパス事業にみる住民参加の進展に関する研究
川上 友貴、田中 尚人、坂本 政隆
29~36 強靱性確保にむけた首都機能継続に関する研究―首都機能を巡る議論の歴史的変遷を踏まえて―
豊茂 雅也、神田 佑亮、藤井 聡
37~52 日本における土木に対する否定的意識に関する民俗学的研究
中尾 聡史、宮川 愛由、藤井 聡
53~64 高知県黒潮町におけるレジリエンス確保のための防災行政についての物語描写研究
佐藤 翔紀、神田 佑亮、藤井 聡
65~71 地域活力に資する地域発電事業に関する物語描写研究
荒川 友洋、吉村 まりな、宮川 愛由、藤井 聡
73~76 実践政策学の構図を考える―“Happiness is sharing”の方法―
延藤 安弘
77~87 効果的な鉄道の安全対策が新たな課題を惹起する―「安全の4M」と「リスク」の体系化による考察とマネジメントの重要性―
片方 喜信、石田 東生、岡本 直久

掲載趣旨文
文責: 実践政策学エディトリアルボード
石田 東生・藤井 聡・羽鳥 剛史・桑子 敏雄・森栗 茂一・柴山 桂太
(※論文執筆者に含まれる者は、当該趣旨文の文責外である。)

ナショナリズムと市民社会の調和的関係―ヘーゲルの市民社会論に基づく共同体意識の心理構造分析―

羽鳥 剛史、中野 剛志、藤井 聡

 本研究は、様々なレベルの共同体が主体的に行う諸実践の活力の源泉となる「共同体意識」について、それが活性化される条件を探った研究であり、理論面と実証面とを統合した野心的な研究である。まず、ヘーゲルHegelの市民社会論に基づき、ナショナリズムと市民社会とが相互補完的・相互依存的であるとの仮説を立て、Hegelの理論を基にして作成された、国家と市民社会に対する共同体意識を量る質問項目を用いてアンケート調査を実施して、ナショナリズムと市民社会に対する共同体意識が相互に補完的な関連を持つという可能性を示した。古典的な哲学的理論の現代的妥当性を正面から問い、これを実証するための工夫を行った点を高く評価し、掲載を決定した。

美里町フットパス事業にみる住民参加の進展に関する研究

川上 友貴、田中 尚人、坂本 政隆

 本論文では、近年地域活性化のための事業として注目を集めている「フットパス事業」に着目し、それが成功裏に進められている実践事例を紹介しつつ、それが「成功」に導かれた要素について解釈を加え、読者の同様の実践展開に貢献し得る知見が取りまとめられている。とりわけ、「地域を歩く」ことを中心とした事業は、来訪者と地域の人々、そしてそれのみならず地域の人々同士を様々につないでいく事で、地域の活性化に資することを明らかにしており、本実践紹介は、地域活性化を企図する様々な地域の人々の公的実践に資するものと期待される。この点を評価し、エディトリアルボードでは掲載を決定した次第である。

強靱性確保にむけた首都機能継続に関する研究―首都機能を巡る議論の歴史的変遷を踏まえて―

豊茂 雅也、神田 佑亮、藤井 聡

 本論文では、我が国全体の強靱化を考える際に最も枢要となる首都機能の継続に関して、これまでの主要な提言・研究なレビューに基づき、継続すべき機能を整理し、それぞれについての現在の問題点と強靱化の方向についての提案を行ったものである。本研究の特長の一つは首都機能を「政治機能」「経済機能」「象徴としての皇室機能」の3つに分けて考えると提案していることであり、2番目の特長は、これらの3つの機能の強靱化に向けた説得力と勇気のある提言がなされていることである。従来型の研究論文では主張であるからともすれば自主規制されていた提案は、議論を巻き起こすという意味でのさらに首都機能のあり方を実践的に議論するという公政策の形成に大きな貢献を果たしている。また、首都機能およびその継続・移転の考え方に関する論点の整理など共有知性においても評価でき、掲載を決定した。

日本における土木に対する否定的意識に関する民俗学的研究

中尾 聡史、宮川 愛由、藤井 聡

 土木事業に関する差別意識を、歴史学、民俗学の成果を丁寧に再解釈し、ダイナミックに記述した、稀有で重要な論文である。我々が気づかない「土木」に対する差別の深層心理を、民の犯土までさかのぼり、民俗学、歴史学の成果を活用し、民俗学歴史学が語りきれなかった土木差別を、みごとに描いており、社会的共有の意義は大きい。今後は、各地での土木事業と差別の具体を描きつつ、近代の土木事象における内在化された差別を見抜き、社会基盤建設に対する国民的価値の共有にむけた研究がさらに展開されることを期待し、エディトリアルボードでは掲載を決定した次第である。

高知県黒潮町におけるレジリエンス確保のための防災行政についての物語描写研究

佐藤 翔紀、神田 佑亮、藤井 聡

 本研究が対象とした高知県黒潮町は津波波高の高さとその到達時間の短さの故に、最も対応が難しい自治体の一つである。本研究は、南海トラフ地震の被害予測が公表された後の、高知県黒潮町の防災行政の展開とその効果に関する物語研究であり、多様な関係者への丁寧なインタビュー調査により、地域のレジリエンスを構築するにあたっての、リーダーシップ、現場での発見とコミュニケーション、また気仙沼市との地域間連携など、各地における強靱化を目指した、また直面する減災防災のための公的政策実践に非常に参考となる内容を見事に描いている。記述は正確でありながら単調でなく、実践する気概をもたらす素晴らしい実践的物語研究として評価できる。読者と、また広く社会で共有されるべきと考え掲載する。

地域活力に資する地域発電事業に関する物語描写研究

荒川 友洋、吉村 まりな、宮川 愛由、藤井 聡

 地熱発電を、地域再生の物語として解釈学的に位置づける本論は、電力不足・火山国といったわが国の状況を考えると、輸入エネルギーの内部置換え、内部資源の内部循環による地域づくりの公的実践研究として、価値が大きい。地熱発電という新しい技術、大きな資本が必要な場合、外部人材が地域を変える強い「おもい」を持ち、自らリスクをとる行動をしたことが成功要因となったことを、本論は指摘している。結果、外部の人材と知識が地域社会内部に融合し、共同体の新たな関係を築き、地熱発電成功の要因となったことを本論は指摘している。このように、本論は他地域において参考となる生の実践を記録分析したものであり、この点を評価し、エディトリアルボードでは掲載を決定した次第である。

実践政策学の構図を考える―“Happiness is sharing”の方法―

延藤 安弘

 本論文は、実践政策学のめざす「生の躍動としての『公的実践』」の内容を著者独自の哲学的考察と実践的経験の統合にもとづいて論じており、実践政策学の大きな可能性を示す論文である。すなわち、著者は、実践政策学を、人間・環境・技術(制度)の3つが基本的に相互連関する「環境親和型社会」を目標とするものとし、研究と実践において価値をもち実りあるものになるためには、研究と実践の幅広い概念化を必要とする。本論文からは実践政策学の展開において重要な示唆が多数得られるものと高く評価できる。

効果的な鉄道の安全対策が新たな課題を惹起する―「安全の4M」と「リスク」の体系化による考察とマネジメントの重要性―

片方 喜信、石田 東生、岡本 直久

 本論文は、鉄道におけるリスクマネジメントに総合的な考察を加えることで、安全対策が適切に進められれば進められるほどに、新たな危機が生み出され、かえって事態がさらに深刻化していく危惧が生ずる、という実態を明らかにしている。そしてその上で、そうした危機対策を図る上では、「人間」の要素を明確に組み込んだ安全対策の「マネジメント」が不可欠である事を主張している。本論文の指摘は、鉄道のリスクマネジメントのみならず、あらゆる近代的システムのリスクマネジメントにも妥当するものであり、我々社会のあらゆる実践に於いて最も重要なリスクに対する対峙実践において、鉄道リスクという特殊なケースを精査することを通して独特の示唆を与えるものである。この点を評価し、本誌掲載を決定した。