第4巻 第1号

ページ数 タイトル/著者
5~10 医療組織の安全文化に関する研究
加藤 淳
11~20 都市における「川離れ」解決に向けた「気づき」の形成について―東京・善福寺川における河川教育の実践―
中村 晋一郎
21~28 宅配の再配達に対する消費者の態度の変容と規定要因に関する一考察
山田 忠史、福島 悠人、中村 正裕
29~36 大阪市における総合区・特別区(新たな大都市制度)に関する意見募集・説明会の内容のテキスト分析
谷口 るり子
37~46 高速鉄道整備における単線新幹線システムの適合条件に関する研究―基本条件の分析とGAに基づく考察―
波床 正敏
47~62 「合意形成を目指すことへの『合意』」の醸成プロセスに関する研究―宮崎海岸侵食対策事業の初期段階での実践を通じて―
吉武 哲信、吉田 智洋、高田 知紀、桑子 敏雄
63~70 公共政策の説明方式が保護価値の緩和に及ぼす影響
谷野 秀夫、セティアワン イルワン、羽鳥 剛史
71~88 起業を通じた子育て期の母親の成熟プロセスに関する研究―C.ギリガンのケアの倫理に基づいて―
依藤 光代、松村 暢彦
89~99 共創まちづくりの「仮説」提案
森栗 茂一
101~110 モビリティ・マネジメント教育の“継続・拡大”に関する研究―札幌市の取組事例より―
大井 元揮、原 文宏、新保 元康、高野 伸栄
111~124 分譲マンション居住者コミュニティにおける合意形成円滑化のための実践的方策に関する研究
川端 祐一郎、池端 菜摘、中尾 聡史、藤井 聡
125~137 医療保険におけるフリーアクセスをめぐる論理、倫理問題、合意状況
伊藤 敦

掲載趣旨文
文責: 実践政策学エディトリアルボード
石田 東生・桑子 敏雄・藤井 聡・森栗 茂一
(※論文執筆者に含まれる者は、当該趣旨文の文責外である。)

医療組織の安全文化に関する研究

加藤 淳

医療における「安全文化」を醸成するために必要な議論を展開するための基礎的考察を行った論文。既往の研究で、安全に関わるものとしてしばしば指摘されてきた「レジリエンス」と「ルース・カップリング(loose coupling)」という二つの概念と、医療における安全文化との関連を論じたものである。医療を中心としたの安全文化の醸成という公的実践を目指す者にとっては、ここで展開されている議論は、その公的実践を図るにあたって参考となるものと期待できる一方、当該の議論を医療実践に適用した先行事例は十分に存在しないものと認められ、かつ、その議論の水準も一定水準に達していることから、これを本誌に掲載することで社会的共有知化することも可能であると判断された。

都市における「川離れ」解決に向けた「気づき」の形成について―東京・善福寺川における河川教育の実践―

中村 晋一郎

本論文は、近代河川整備、とくに都市内の河川の整備による弊害と考えられる河川や水循環への関心と関係が薄らぐ「川離れ」について、その解決のための一手法としての「気づき」について論じたものである。東京の都市河川、善福寺川のもつ課題と井荻小学校で手堅く積み重ねた実践、さらにその実践にもとづく理論的考察により、これからの都市河川整備の展望を開いている。この点で、公的実践貢献性および社会的共有知性の両面で本誌掲載にふさわしいものと判断した。

宅配の再配達に対する消費者の態度の変容と規定要因に関する一考察

山田 忠史、福島 悠人、中村 正裕

本論文は、近年様々な社会的費用をもたらしている「宅配サービスの再配達問題」を取り上げ、これに対する解決策として、コミュニケーションを主体とするいわゆる「心理的方略」が有効に機能しうるか否かを実証的に検討するものである。実際の行政では、この問題に対する処方箋がなかなか見いだしがたく、その問題が未解決のまま放置され続けている現状を踏まえれば、本研究には十分な公的実践貢献性が認められる。また、そこで報告されている知見も、統計学的手続きに則ったものであり、十分な社会的共有知性も認められるところであり、本誌掲載に十分にふさわしいと判断された。

大阪市における総合区・特別区(新たな大都市制度)に関する意見募集・説明会の内容のテキスト分析

谷口 るり子

憲法改正をはじめとして、直接民主制の概念に基づく直接投票が、我が国の歴史の展開において重大な意味を持つ可能性が増大している今日、「直接投票を想定した、公的機関からの有権者への情報提供」についての実例を測定し、計量化、評価、分析することは、我が国の民主的課程の適正化という公的実践を図る上で、重大な意味を持ちうると期待できる。この論文はまさに、日本史上最大級の直接投票が求められる大阪市の市政の廃止を前提とした複数の特別区の設置について、公的機関である大阪市が当該の投票が行われた場合の有権者となり得る人々に対して、どのような情報提供を図ったのかを計量分析し、評価したものであり、その点において十分な公的実践貢献性が認められる。そして、当該の公的機関からの情報提供は、住民投票が実際に行われた場合に想定される法的に求められる適正な情報提供であるとは必ずしも評価できない、という結論を導いている。その結論を導くプロセス、ならびに、その結果の記述に一定以上の適正性を見いだすことができることから、十分な社会的共有知性を見いだすこともできる。こうした評価から、本論文を本誌掲載に十分に値するものと判定した。

高速鉄道整備における単線新幹線システムの適合条件に関する研究―基本条件の分析とGAに基づく考察―

波床 正敏

新幹線整備に再び注目が集まる中、著者のこれまでの研究蓄積を活用し、単線新幹線の整備可能なシーンを実証的に明らかにした研究である。単線新幹線方式のフル規格新幹線やスーパー特急に対する比較優位領域を明確化するとともに、単線新幹線方式の適用可能性の高い区間を、地域間流動データを用いて全国幹線鉄道網から網羅的に探索し、路線延長の短い支線的区間は可能性が高いという知見も得ている。これらは今後の政策議論に有益であり、高く評価できる。

「合意形成を目指すことへの『合意』」の醸成プロセスに関する研究―宮崎海岸侵食対策事業の初期段階での実践を通じて―

吉武 哲信、吉田 智洋、高田 知紀、桑子 敏雄

宮崎海岸浸食対策事業における合意形成にかかわる著者らの長年の実践の記録とそこからの考究を中心とした価値ある研究論文である。社会基盤への公共政策の実践に関して、合意の厳しい状況下における貴重な実践成果を分析し、基礎的環境醸成モデルに関する手法を提供している。本論は、今後の公共政策に関わる考察において誰もが参照したい重要論文であり、実践への示唆・貢献が高く、社会的共有知性の高い論文であり、本誌掲載にふさわしいものと判断した。

公共政策の説明方式が保護価値の緩和に及ぼす影響

谷野 秀夫、セティアワン イルワン、羽鳥 剛史

公共政策に関わる意思決定や合意形成場面において、絶対的な「保護価値」が介在する場合、その実践に向けた適切な判断を行うことが困難となるケースは少なくない。こうした場合の公共政策の説明方式として、当該政策に対するメリットとデメリットの双方について述べる二面提示的な説明がある。本論は、この二面提示法が誠実な態度として理解されやすいことを実証的に論じたものであり、社会的共有知性が高い論文である。また、本論の実証は、公的実践に貢献するものであり、本誌掲載にふさわしいものと判断した。

起業を通じた子育て期の母親の成熟プロセスに関する研究―C.ギリガンのケアの倫理に基づいて―

依藤 光代、松村 暢彦

本論文は、子育て期の母親である起業家へインタビューを行い、母の役割、起業家の役割、自分の区別に着目し、それぞれにおいて他者との関係を維持・形成しながら成熟していくプロセスを C.ギリガンによるケアの倫理に基づいて検証した研究である。子育て期の母親による起業は他者と向き合いながら、自分が提供するものが相手から求められ、役に立っていると実感し、やりがいを感じるような、非対称的な関係を形成しながら取り組まれる傾向にあることを明らかにしている。女性の活躍する社会が期待されている昨今、起業する母親に焦点を当て、詳細な考察を展開していることで、公的実践貢献性および社会的共有知性の両面で本誌掲載にふさわしいものと判断した。

共創まちづくりの「仮説」提案

森栗 茂一

本論文は、著者の長きにわたる学問的研鑽の精華ともいうべきもので、民俗学研究から対話型まちづくりへとその研究の変遷を独自の視点から内省し、これを理論化しようとしたもので、その独自性の点で高く評価すべきものである。すなわち、本論文には、「民俗学的まちづくり」とよぶ「共創まちづくり」の方法について、著者の都市民俗学、阪神大震災復興まちづくり、住民協働型交通まちづくり、大阪市こどもの居場所づくりといった類例のない実践的研究のもとで、住民の活動に共感し、生活の在り方を考え直し、生活価値の発見を求めてきた著者の探求精神と姿勢が息づいている。以上の点で、公的実践貢献性および社会的共有知性の両面で本誌掲載にふさわしいものと判断した。

モビリティ・マネジメント教育の“継続・拡大”に関する研究―札幌市の取組事例より―

大井 元揮、原 文宏、新保 元康、高野 伸栄

我が国で最初に開始され、長期間継続していて、かつ効果もあげている札幌市における学校MMの貴重な記録である。平成29年3月に公示された新学習指導要領の小学校社会科においても交通は「地域や我が国の国土の地理的環境について理解」するうえで重要だとされていて、学校教育においてもMMは重要性を増すと思われる。本研究はMM教育を効果的に実践する上で重要なポイントを明快に提示しており、各地におけるMM教育の実践へのガイドとして共有知性に優れている。また長年にわたる公的実践への貢献も高く評価できる。

分譲マンション居住者コミュニティにおける合意形成円滑化のための実践的方策に関する研究

川端 祐一郎、池端 菜摘、中尾 聡史、藤井 聡

分譲マンションの供給量はすでに600万戸を超え、維持管理・更新は現代日本社会の抱える課題になりつつある。マンション合意形成論は部分的には従来から指摘されてきたもののあるが、本研究のように総合的に一括化して眺めて提示したものはなく、この問題に正面から取り組む優れた研究である。本研究は居住者コミュニティの合意形成円滑化のための考え化・論点を広範な既存研究のレビューから、具体的方策とその効果、そしてそのインプリケーションを数は少ないながらも2つの分譲マンションの貴重な成功体験から導いたものである。既存研究のレビューと実際例の詳細なヒアリング成果がうまく組み合わされていて成果の社会的共有知性は大きい。また数多く提示されている具体的実際的な活動例や方策は管理・維持更新・コミュニティ形成問題を有する多くの分譲マンションの今後の実践活動の参考となることが期待され、実践貢献性も評価できる。

医療保険におけるフリーアクセスをめぐる論理、倫理問題、合意状況

伊藤 敦

本論文は、医療保険サービスに国民が自由に制約なくアクセス可能な「フリーアクセス」を抑制すべきであるという議論が、今日、盛んになされるようになっている状況を鑑み、当該の「フリーアクセス抑制論」の正当性を、さまざまな事実との整合性や当該論理の妥当性の観点から検証を試みるものである。フリーアクセス抑制論が正当なものであるなら、今日の議論をさらに加速し、実勢にフリーアクセスを抑制することが公益にかなうものだと結論付けることができる一方、そのフリーアクセス抑制論が、客観的な事実と乖離した前提を置いたものであったり、あるいは、その結論を導く論理に瑕疵が存在しているのなら、フリーアクセスを存続することが妥当である蓋然性が高まることとなる。その意味において、この論文の公的実践貢献性は十分に高いものである。そして本論文は、検討の結果、フリーアクセス抑制論は必ずしも正当化できないという結論を導いている。その結論を導出する論理展開には一定の妥当性が認められ、したがって、社会的共有知性も一定確保されていると考えられる。こうした点から本論文は本誌に掲載妥当であると判断された。